喫茶リゾナントは、クリスマスも普段通りに営業している。
当然といえば、当然。だってカフェだもんね。
カプチーノの泡に星やツリーを描くだけじゃなくって、
クリスマス仕様になった店内の飾り付けも何もかもが、お客様へのおもてなし。
マスターである愛ちゃんは、誇らしげにそう言っていた。
あたしはあたしで、やっぱりいつも通りにアパレルのお店で仕事があって、
クリスマスはといえばお客さんが多くなる時だから、
どうも自分がクリスマスだって楽しむとかいうよりも、
仕事仕事で忙しくてしょうがないというのが、ここ数年のあたしのクリスマス。
もちろん、リゾナントでのクリスマスパーティーがないワケじゃない。
でも、閉店後のちょっとした時間だけで行うささやかなもの。
みんなとはしゃぐのは大好きだし、本当に楽しい。
いろんなことを忘れて笑っていられる、そんな時間だから。
でも、なんか、こう、リゾナントの中だけじゃなくて、
クリスマスだからってどこかにも行ってみたいと思うんだけど。
街の中はクリスマスの飾り付けや音楽でいっぱいだし、
お店だって洋服だって食べ物だってなんだって、いろんなモノがクリスマス仕様。
そういうのを、のんびりと楽しむ側に回ってみたいって思うんだけど。
それは、愛ちゃんが喫茶店のマスターである限り、やっぱり難しいよねと思う。
いずれにしたって、なぜかあり得ないくらい忙しかったあたしは、
そのささやかなパーティーにさえ、参加できないでいた。
「おつかれー」
「おー、ガキさん遅かったのー」
あと1時間くらいでクリスマスも終わるという頃、あたしはリゾナントの扉を開ける。
中では愛ちゃんが一人で、壁を彩っていたクリスマスの飾り付けを外していた。
「あれ? 田中っちは?」
「んー、せっかくのクリスマスやし、みんなと遊びに行かせたんやよ」
片付けなんてひとりだってできるしさぁ。
愛ちゃんはそう言って笑う。
笑ってから、椅子の上に立って忙しそうに手を動かす。
そうは言ったって、まだこんなに洗い物が残ってるじゃない。
「手伝うよ」
あたしはキッチンの中に入って、食器の山に手を付ける。
あー、すまんのー、なんて、悪びれる様子もない言葉が降ってきた。
多分この人は、あたしが手伝うことをアテにしてたんだろうなぁと思った。
お互いのことは長い付き合いでわかっているからこそ、そんなことまで気づいてしまう。
んもう。
あたしは大きくため息をついてみるけど、
ありがとな。
と続けられた言葉に、それもまた信頼なのかもと、なぜかそんなことを思っていた。
カチャンカチャンと食器の音を立てて、ひとつずつ丁寧に洗い物。
愛ちゃんはテーブルクロスの取り替えに移っていた。
「どうだったー? クリスマスのカフェは」
「うーん、ほやなぁー」
クリスマスイブと、クリスマス。
特別な日を迎えて、リゾナントはやっぱり大忙しだったみたい。
特に愛ちゃんが作る特別のブッシュドノエルと、
田中っちがデザインするカプチーノのアートとのセットが大人気だったって。
「え、うっそ、あたしもそれ食べたかったぁ」
「あっひゃ、じゃあ今度作ってあげるよ」
「えー、クリスマスはもう終わっちゃうよぅ」
それは、やっぱりクリスマスに味わうからこそ素敵なのであって、
あ、もちろん、いつだってこの喫茶店のメニューはおいしいんだけど、
特別って、なにか別の意味があるモノって、あるじゃない?
「いいなぁ、なんかいいなぁ」
クリスマスらしい、って感じだなぁ。
それにひきかえ、あたしはそんな気分を味わう間もなく、
ただいつもよりも忙しいってだけの仕事をしていた。
愛ちゃんも同じように、仕事で忙しかったんだろうけど。
なんか、違うよね。なんか、うらやましい。
あたしが昨日と今日の出来事を、いつも通りの仕事でつまんないとか、
街を歩く幸せそうな人達がうらやましいとか、
きらめくイルミネーションもひとりで見てたらキレイに見えないとか、
不満なことをいろいろごっちゃまぜにしてばーっとまくしたてていると、
それまでは相づちを打っていた愛ちゃんが急に無反応になっていたことに気づいた。
あ、あたし、いくらなんでも空気読めてないかも。
楽しいはずのこの日に、楽しんだはずの愛ちゃんに、
何を話しているのだろうと、ちょっと自己嫌悪。
「愛ちゃん、あの…」
謝ろうとしたあたしに、愛ちゃんは勢いよく振り返って問いかける。
「ガキさん、今何時や?」
「え?」
「何時や、まだ、25日か?」
「え、えーっと…」
テーブルの上に置いた腕時計に目をやる。
時間は、23時40分。
「あと20分で、26日だけど…」
「ちょっと待っとって!
あ、上着とか着て待っとってや!」
「え? え?」
愛ちゃんはそう言うなり、自分の部屋のある2階へと駆け上がる。
…いったい、急に、何?
慌ただしく戻ってきた愛ちゃんは、コートもマフラーも着込んで防寒ばっちりになっていて。
そこまで本気で対策してきた姿にあたしも慌てて手袋を身につける。
「ガキさん!
ガキさんの知ってるいっちばんキレイなイルミネーションの場所ってどこや!?」
「あ、あの、生まれ育ったとこの…」
「そこ! その場所、目ぇ閉じて頭ん中でイメージして!」
「ちょっ、愛ちゃん、どういう…」
「いいから! 時間ないんよ!」
その、あまりの勢いに押されて、あたしは混乱しながらも目を閉じる。
イメージする。
海が見えて、観覧車も見えて、ビルがいくつもあって、たくさんの人の笑顔があって、
その真ん中にある、大きな木も一緒になって、色とりどりの光に彩られて、
クリスマスだなぁって思える、あたしの大好きな場所を見渡すことの出来る、丘の上―――
―――イメージが頭の中でカタチになった時、
ふわりと、愛ちゃんに抱き寄せられたのがわかった。
次の瞬間、顔をかすめた冷たい風。
愛ちゃん、あなた、まさか―――
そっと目を開けると、思った通りそこはリゾナントの中ではなかった。
辺りは、街灯もほとんど見あたらない暗い場所。
「ここで、合ってたかな?」
愛ちゃんの声に、あたしは顔を上げる。
「うそ…」
目の前に広がるのは、イルミネーションいっぱいの懐かしい街並み。
間違いなくここは、イメージしたとおりの場所、あたしの生まれた街を見渡す丘の上。
「良かったー、クリスマスに間に合ったー」
身体を寄せ合ったままで愛ちゃんが声を上げて笑うから、
あたしの身体まで小さく揺れて、視界が上下する。
驚いて愛ちゃんの顔を見上げると、得意げな顔をして、
「あんまりにも、ガキさんがガッカリしとったし」
あーしも、ガキさんと過ごすクリスマスの時間、ちょっとほしかったし。
なんて、愛ちゃんはこっちが照れるようなことを平気で口にする。
この人は、能力を使ってみせた。
クリスマスにクリスマスらしいことが出来なかった今年のあたしに、
きっと、少しだけでもクリスマスを感じさせてくれようとして。
「きれーやね、ガキさんの生まれた街は」
愛ちゃんはその場に腰掛けて、遠くを眺める。
あたしもそれにならって座ってみる。
小さな頃は、なんとなくキレイだとだけ思っていたこの風景。
海の近くで、高い建物がいっぱいあって、それがきらきら光っていて。
ちょっとオトナになったのかな。
それとも、この街が変わっていったのかな。
場所ごと、建物ごと、一つ一つ違う表情の輝きに気づいて、
今のあたしは一生懸命に景色を追いかける。
「…あたしが知ってたこの街よりも、今日はもっとキレイな気がする」
それはたぶん、愛ちゃんがこの夜景をプレゼントしてくれたからなんだと思う。
ひとりぼっちで眺めていた景色。
大切な仲間と、自分を想ってくれる仲間と寄り添って見る景色。
どちらが素敵か、なんて言うまでもなかったけれど、
さすがにそれは、恥ずかしくて口に出来なかった。
…もしかしたら、触れている腕の部分から、伝わっちゃってるかもしれないけど。
「うちらってさぁ」
愛ちゃんの言葉は、吐き出す白い息と一緒に夜空へ吸い込まれる。
「年齢もばらばら、仕事してたり学生だったり、それもばらばら。
でも、こうして9人、絆で結ばれた仲間たちやろ?」
マネして吐き出してみた息を追いかけて、空を見上げる。
「運命に導かれて、こうして出逢って、
積み重ねていった想いがあって、交わした言葉があって」
消えていく白いヴェールの向こうに見えるもの。
「…任務でみんながそろうってことは、そりゃ、当たり前のことやけど。
いつかは、全員がちゃーんとそろって、何かを祝うイベントってやりたいよなぁ」
夜景に負けない夜空のイルミネーション。
それだけでも、美しいものなのに。
「来年は全員で迎えたいね、クリスマス」
愛ちゃんの言葉で滲んだ視界の先で、
星たちがいつも以上に煌めいていた。
あたしは立ち上がって、もう一度街を見下ろす。
瞬くことをやめようとしない光の数々が、いっせいに飛び込んでくる。
「まずはお正月だよ、愛ちゃん」
来年のクリスマスまでもう1年も、なんて、待てないよ。
愛ちゃんは、それもそやな、と笑って、同じように立ち上がった。
「そやなぁ、1年でイベントっていっぱいあるよなぁ。
来年は、リゾナントを貸し切りにしてなんかやろっかな」
「えー?
イベントの日こそ喫茶店は稼ぎ時じゃない」
「ええよぉ、時々くらいうちらのために使ったって」
あたしたちは、ただ共鳴で結ばれただけの能力者じゃない。
戦うためだけの集団じゃない。
手を取り合って、心を通わせ合って、
苦しいことも、楽しいことも、いろんなことを共有できる、家族以上の仲間たち。
だから、一緒に過ごせる時間を、いろんな形で大切にしたいと、そう思う。
大切な仲間へ。大好きな仲間たちへ。
見せてあげたいな。この夜景を、そしていっぱいに広がるこの星空を。
「あぁ、愛ちゃん」
「ん?」
仲間たちへの想い。
まだ、大切な儀式をしていない。
「あたしまだ大事なこと言ってなかった」
「え?」
時計はもうすぐ、12に針を重ねる。
でも、その前に。
キョトンとした顔の愛ちゃんは、すぐに笑顔になった。
あたしの意図を、すぐに読み取ってくれたらしい。
せーので息を吸い込んで、星空へ叫んだ。
「「メリークリスマス! リゾナンター!」」
すぐに、みんなの声があちこちから届いたような、そんな気がした。
まるで星が降るかのように。
――― Merry Christmas, Resonanter!!!