「うわ、さっぶ」
「ちょっとー、3月なのに雪降ってるよー?」
閉店後のリゾナント。
CLOSEDの札を下げようと開けたドアから冷たい風が入り込んで、
あーしと、その脇から一緒に空を見上げたガキさんは思わずため息をついた。
「先週はあったかかったんやけどなぁ」
「今週は寒くなったからねー。
桜の見頃も遅くなるって、ニュースで言ってたよ?」
「今週末にでも花見しようとか言っとったけど、中止やね」
「小春とか、きっと悔しがるね、お花見したいって」
ガキさんがくすくすと笑う。
どうにもならん天気に駄々こねる姿が簡単に想像できて、何か頬が緩む。
「…しっかしなんで雪なんて降るんかの」
いくらなんでも、もうすぐ4月。
雪、といっても積もる気配などまったく感じられない、チラチラ舞うだけのそれ。
吐きだした白い息が雪を包むように広がって、やがて夜に紛れて消える。
隣にいたはずのガキさんは一歩だけ外へと足を踏み出して、
片手を空にかざして、白い花びらのような雪をそっと手に載せる。
「…ね、愛ちゃん、この雪」
促されて、あーしも手をかざす。
何度目かでようやく手のひらに降りた雪は、あっという間に消えたけれど。
「何か、知ってるよね、この冷たさ、この感じ」
「あー」
ガキさんが小さく微笑むのを見て、頭の中で記憶がつながる。
そういえば、おったなぁ。こういう冷たいのが得意な人。
「相変わらずあっちで怖い顔して人のこと睨んどるんかな?」
「どうだろね? 性格なんてすぐには変わらないからきっとそうかもね。
でもさ」
今度は両手を空に向かって広げて、寒さなんて忘れて夜空を見上げる。
「…なーんか、この雪って冷たいクセにあったかい気がするんだよね」
言われてみれば、そうかもしれない。
昔、地元で飽きるほど雪は見てきたけれど、今住むここで見る雪とはまた違う。
そして今まで見てきた雪よりも、なぜか今日の雪はもっと違う何かを感じさせる。
「…ええことでもあったんかね、あの魔女サン」
そんなロマンチストには思えないけど、たまにビックリするくらい乙女なところを見せてた人だ。
何かの気まぐれでそんなことがあったとしてもおかしくはない気がする。
「だといいね、何だかんだで昔の仲間だし、今は敵なのに気になるのもおかしいけど」
ふーっと吐き出した息がまた、夜を小さく包み込む。
すっかり冷えた身体をあっためるために、カウンターに戻って甘めのドリンクを二つ作る。
マグカップを傾けながら交わした会話はあの頃の昔話と、
どこか幸せを感じさせてくれた、やさしく空を舞う雪のこと。