「今年こそはクリスマスは休業や!」
閉店後のカウンターでゆったりとカクテルを飲んでいると、
他でもないこの店のマスターが突然そんなことを叫びだした。
その顔はもう真っ赤。あちゃー、今日はお酒回るのが早いんだね…
「去年はバタバタしてできんかったし、
今年もなーんにもパーティーらしきもんやってないし、
だったらクリスマスくらいはリゾナントでみんなで何かやりたいんやよ!」
拳を握りしめて力説する愛ちゃん。
その気持ちは、あたしも十分に知ってる。けど、けどね…
「でも、喫茶店ってクリスマスが稼ぎ時でしょーが。
稼ぐ稼がない別にしても、ここでのクリスマスを楽しみにしてるお客さんは多いでしょ?」
「んま、そらそうなんやけど…」
あたしは何度もこの言葉で愛ちゃんをなだめてきた。
常連さん。ご新規さん。
いろんな人の笑顔がはじけるクリスマスを、あたしもここでたくさん見てきてる。
「ガキさんもパーティー、やりたいやろ…?」
そりゃ、やりたいんだけどさ、ほら。
あたしが答えようとしたときには、愛ちゃんはずるずると机に沈んでしまっていた。
「ちょっと、こんなとこで寝ちゃダメだってば」
肩を揺すってみても起きる気配がない。
あーもう! これはメンドクサイパターン!
「ちょっとー愛ちゃーん、こんなところで寝たら風邪引くってばぁー」
酔っぱらってぐでんぐでんでほとんど寝ぼけている愛ちゃんを、
どうにかこうにか2階の愛ちゃんの寝室まで歩かせて、
やっとの思いでベッドの上に放り投げるようにして寝かせた。
「ったく! 世話が焼けるなーこのリーダーはー」
仁王立ちして見下ろすようにベッドに転がる愛ちゃんを見る。
とたんに、さっきまでの愛ちゃんを思い出して、なんだか切なくなった。
「…そんなこと言ってもさぁ」
真っ赤になった顔に手の甲を当てて、聞こえるはずもないのに語りかけていた。
「こんなにみんなに愛されるお店、この時期に休めないでしょーが…」
話を聞いたことがある。
愛ちゃんが、こうまでしてクリスマスパーティーを開きたい理由。
リゾナントでは誕生日パーティーなら毎回開いてる。
でも、それって誕生日の人が主役。
そうじゃなくて、プレゼントを持ち寄って、食べ物はみんなで用意して、
誰が主役ってわけでもなくて、そこにいるみんなが主役のパーティーをやりたい。
なーんかいかにも愛ちゃんらしい考えだった。
あたしはそんなあったかい夢を抱くリーダーの隣にいることを誇らしく思った。
だって、決して大きすぎる願いじゃないのに、本当に真剣に考えてる。
しかも絶対にあきらめない。時には、っていうか、まさに今みたいに、駄々っ子になることもあるけど。
だけど困るのは、それを喫茶店の一大イベントである「クリスマスにやりたい」ということ。
リゾナントのクリスマスは、街でもちょっとよく知られる名物。
クリスマスディナーやツリーを描くカフェアートは行列を作るほどの人気。
それを、リゾナンターのメンバーにも味わってもらいたいって愛ちゃんは言う。
だけど、そんなクリスマスにお店を閉められるのかというと、
お客さんの大切なクリスマスの一日を減らしてしまいかねないから、できるはずもなくて…
愛ちゃんだってそれがわかってないわけがない。きっと十分すぎるくらいにわかってる。
だから、あたしにだけこうしてワガママを言ってみせる。
他の誰にもきっと言えない相談だから。
みんな、間違いなく賛成してくれる。でもデメリットまで、誰がちゃんと指摘できる?
愛ちゃんはそのデメリットまで理解した上で、あたしにいちばんいい方法を求めてる。
あたしはふと思いついて、眠っている愛ちゃんの意識下に潜り込んだ。
すんなりと入り込めたその中でも、愛ちゃんはうんうん唸って悩んでいる。
『なー、ガキさん、クリスマスパーティー開こうや』
『いいよぉ、今すぐみんなを呼んできて』
『ほ、ホンマにええんか?」
『もう、愛ちゃんが好きなようにパーッとやってよ!』
かげった表情に明るく光が差すように、愛ちゃんは笑顔になった。
夢の中でなら、何も考えずに愛ちゃんの夢を叶えることができる。
9人が集まったリゾナントで、たくさんのごちそうが用意されて、
クラッカーのテープと笑顔がたくさん弾けて、
楽しい楽しい時間が終わることなく、好きなだけ流れ続けて…
「…ガキさん」
「うわっ、なっ、何っ」
現実世界で名前を呼ばれて、慌てて意識を引き戻した。
いつの間にか目を覚ました愛ちゃんは、じっとあたしのことを見ている。
たぶん、愛ちゃんの中に潜り込んだことはバレてるんだろう。
どれだけ酔っぱらって寝ていたといっても、
そこは、同じ精神系能力のスペシャリストのこと。
防衛本能みたいなので、あたしの侵入に気づいてるに違いない。
だけど愛ちゃんは何も言わないで、何かを言いたそうにしているだけ。
あたしはといえば、バツが悪い。能力の悪用は愛ちゃんが一番嫌ってること。
冷や汗が流れた。
それは予想とは違ってあたしを咎めたのではなく、突然両手で顔を覆ったから。
「あ、愛ちゃん…?」
「ガキさん、ひっどいや、そんな楽しい夢見せてくれるんやもん」
思わず抱き寄せた腕の中で、愛ちゃんは目を真っ赤にして、それなのに笑っていた。
「まだクリスマスには早いのに、すげぇプレゼントくれるんやな」
あわてんぼうのガキサンタや、と言って愛ちゃんはあたしに抱きついた。
なによ、ガキサンタって! あたしはクリスマスの時期間違えたりなんてしないんだから!
ひとしきりケラケラ笑っていた愛ちゃんはだんだんと大人しくなると、
今度はそっとあたしから身体を離して、ベッドの上に正座までしてかしこまってみせる。
「…なぁ、あわてんぼうのサンタさんにお願いがあるんやけど」
ぼそぼそっと小さな声。
それは、愛ちゃんが自信のないとき。
「クリスマス前に、みんなに届けてほしいもんがある」
何を、と聞き返そうとして、何となく言いたいことが読めて、
あたしはさっきの能力行使をさっきまで以上に後悔し始めていた。
「お願い! どーしてもこの9人でやっときたい!
あーしにしたんと同じように、みんなの夢ん中入って、
パーティーやるよって伝えてほしい!」
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
言われたことは予想通りといえば予想通りだけど、さらに上を行っていた。
みんなの夢の中に入って来いって、そんなムチャな!
「なんでまた夢の中で? 愛ちゃんが直接でもいいじゃない」
「すっごい嬉しかったんやよ。夢の中やろ?
夢の中で夢が叶ってくんやで?
目が覚めたら、夢が現実になってるんやで?」
「や、まだ現実には叶ってないから!」
まだあたし、賛成してないんですけど!
あくまで、夢の中だけの話であって…
だけど、あたしの心も思いっきり揺れてるのも確かだった。
愛ちゃんの意識下で起こした出来事は、あたしの操作の範囲だけど。
それでもその中に映っていたみんなの笑顔は、作り物じゃなくて、正真正銘の本物だったと思う。
「だいたい、お店はどーすんのよ。
閉められないでしょ? 他でもないお客さんの笑顔は奪えないでしょ?」
「…お客さんが帰った閉店後にやります」
「小春とかみっつぃとか、若い子は? 閉店後って何時までやるつもり?」
「次の日土曜日やし、学校もお休みやと思うし…
その、できれば夜通しやりたいなって…」
何これ。あたし、説教してるお母さんみたい。
頭を下げて両手を合わせて拝むようにお願いまでされて、
さすがにあたしも折れた。もう、その想いに応えるしかなかった。
それ以上に、あたしだって本当は、みんなとワイワイやりたくてしょうがなかったから。
「わかった、わかったから…、ね? 愛ちゃん、顔上げて」
あたしの言葉に愛ちゃんは驚いたように目をまん丸にして顔を上げると、
一呼吸の間を置いてから、思いっきり抱きついてきた。
「あんがと、あんがとなぁガキさん…」
繰り返し繰り返し同じことを言ってる愛ちゃんは、
まだだいぶ酔っぱらってるんだなぁと心の中で思いながら、
これほどまでにメンバー想いのリーダーの元にいられる幸せと、
結局、愛ちゃんにはかなわないってことを、何となく実感してしまっていた。
言いたいことだけ言って、また寝てしまった愛ちゃんの隣に寝転がって、
あたしはみんなの夢の中へと忍び込むための準備を始める。
どうせならば、思いっきり弾けたパーティーにしたいじゃない。
閉店後に、さらにリゾナント色に彩られていく店内。
想像するだけでも、なんだかワクワクしてきた。
愛ちゃんの想いに比べたら、あたしの心配事なんてちっちゃいかもって思える。
もちろん、お客さんが何よりも大切なんだけど。
他人には決して迷惑をかけずに、自分たちだけの時間を作り出す。
あたしが考えようとしなかっただけで、案外これって簡単だったのかもしれない。
大切なもの。
それは、この胸の中にあるのに、なかなか気がつけない。
「…教えてくれてありがと、愛ちゃん。
それじゃ、みんなのとこに行ってくるね」
離れていても、共鳴でつながってる意識の層。
その下にお邪魔できるのはあたしだけ。
でも、相手に触れないで潜り込むのって大変なんだからね? それを、メンバー分だなんて。
あたしは、とことん愛ちゃんに甘い。でも、話に乗ったのはあたし。やってみせるよ。
意識下で作った分身には、ちゃーんとサンタのコスプレをさせる。
そうした方が、雰囲気出るでしょ?
―――ひとあし早いサンタクロース
夢の中へ、夢を運ぶために
クリスマス前ですが、プレゼントをお届け―――
あわてんぼうのサンタクロース
クリスマス前にやってきちゃったのだ
今年のクリスマスは、リゾナントでオールナイトのパーティーだよ
かけがえのない、心ゆるし合える9人の仲間だけで
9人全員が主役のクリスマスのお祝い
笑顔と光のあふれる、素敵なひとときを過ごしましょう
その招待状を、あなたの夢の中に置いていきます―――
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ノlc| ・e・)|
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