『みっつぃ、その先は?』
『いや…その先は視えません、すんません』
負けるんかい、あーしは。
意外なようなそうでもないような未来に、あたしはなぜかすっきりしない。
自分の敗北なんて、思っていなかったからだろう。
あたしは、未来を急いだ。
れいなに勝てなかった自分は、その時どうするのか。
みっつぃは、視えないと言った。
冷静になって考えれば、それはただ教えてくれなかっただけだ。
その未来は、自分自身の目で知るべきだと。
そういうところ、あの子は機転が利く。
『あぁ、でも、これだけはわかります』
憎らしいほどに。
『ふたりは、めっちゃあったかい光で、包まれてます』
「―――とどめ刺されると思ったと?」
衝撃は、来なかった。
心地よい身体の重みを全身に感じ、れいながそのまま覆い被さったのだとわかった。
「れーなのこと、信じられん?」
「…れーな…?」
「愛ちゃん、れーなのこと信じてくれんと?
そんなに頼りない? そんなに心配? そんなに弱々しい?」
「ちがっ…」
「…れーなは、強くなるって決めたけん……
自分のためだけじゃなくて、みんなを守るために強くなるって…」
れいなの声は、身体は、震えていた。
目を見なくてもわかる。今は、あたしの知っているいつものれいなだ。
人なつっこくて、でも正義感と責任感は人一倍強い、あの―――
―――あぁ、そうか。あたしはその正義感や責任感を、踏みにじっとったんか…
「…ごめん」
あたしはれいなの背中に手を回した。
「疑っとったわけやないし…、れーなが強いのも知っとる。
でも、最近れーなが前線に出ないのはなんでやろって思っとった」
その言葉にれいなは身体を起こす。
あたしはまた、れいな越しに三日月を見るかたちになった。
その瞳はやっぱり、黒かった。そして涙で光っていた。
「…愛ちゃんにね」
そして、微笑んでいた。
「前は任せるけん、れーなは後ろからみんなを守るって勝手に考えてた」
さゆやえりとか、攻撃には弱いっちゃろ? れいなは恥ずかしそうにそう続けた。
「…あーしなんかよりもよっぽどメンバーのこと考えとるんやなぁ…」
あたしは、なんというかやっぱり身勝手なのかな。
「そんなことなか!
愛ちゃんはいつもメンバーのこと見とーよ! 今日やって…」
れいなはあたしの背中に手を回して、あたしの身体を起こすように引き寄せた。
「…思いっきり殴っちゃって、れーなの方こそ、ごめんなさい」
首筋に、そしてお腹の辺りにそっと手を当てて。
確かに痛みはまだちょっと残るけど、でももう、動けないほどじゃない。
あたしはうつむいてるれいなの頭を撫でた。
「あーしがやれって言ったんやから、れーなはなんも悪くないよ」
「でも愛ちゃん、絶対にれーなに手ぇ出さんかった。
愛ちゃんからは攻撃の意志見えんかったし…、やけん、れーな、気づいたと」
「愛ちゃん、れーなのこと試しとる、って」
あーーーーーーーーーー。
あたしは笑いながら叫びながら、地面に寝転がった。
上に乗ってるれいなは、ものすごい不思議そうな顔をしてる。
あたしの行動が奇妙だからだろう。わかってる。自覚してる。
「なんやのー、あーしはホント何をやってるんやろ…」
ガキさんの言うとおりだ。バカなことしてる。
結局、こんなことしてあたしに残ったものはなんなんだろう?
相手に意図はバレバレだし、れいなの尊厳傷つけてるし、
まぁ、れいなの勝負勘が鋭くなってることは身をもってわかったし、いらん心配だったけど…
……あぁ、そういえば……
「れーな、あん時、思考消したんか?
それから目の色も青白やったし…」
「あー、あれは…」
その答えを聞いて、ますますあたしは自分にがっかりすることになり、
れいながこれだけの考えを持つ子になったことに、あたしは心から嬉しく思った。
「時には考えやなくて本能で動く必要もあるけん、愛ちゃんみたいな相手おったら負けるけんね。
昔みたいに本能だけで戦うときは目が青白くなるっちゃけど…
それも修行して、自分でコントロールできるようになったとよ、って、愛ちゃん?」
* * * * *
「愛ちゃん? 愛ちゃん??」
ちょ、ちょ、ちょ!!!!
愛ちゃん、なんで目ぇ閉じとるん!!!! 目ぇ覚まさんと!!!!!
れーなは必死に愛ちゃんの身体を揺すってみるけど、全然反応がない。
さっきまで普通に会話してたのに、ってか、なんか笑ってたのに。
気がついたら、いつの間にか目を閉じちゃってた。
「ちょ、ちょ、どーしよ…」
口元に手をかざすと、息はしているようで安心した。
あああああ、まさかあのみぞおちの一撃はマズかったと????
手応えが十分すぎてこっちが驚くくらいの会心の一撃だった。
それが致命傷とかになったら、うわあああああ! れーな、愛ちゃん殺してしまうと!!!!!
どうしようどうしよう。愛ちゃんが動かなくなっちゃった。
あぁ、そうだ連絡。誰に? ケーサツ? ええとええと、ケータイケータイ…
「…ったく、頼りないリーダーだなぁ…」
「…っわぁっ! ってガキさん! なんでここにおると!!!
ってかいつからここにいたと!!!!!!」
れーながケータイを探している間に、いつの間にかすぐ後ろにいたらしい。
れーな、警戒心まるでゼロやん。失格やね。
「…ゴメンねおどかして。みっつぃに聞いてたからね」
「みっつぃ? これ、視えてたと?」
「愛ちゃんが視てもらってたっていうか…、あたしが偶然そこにいただけなんだけど」
愛ちゃん、ホント突然わけわかんないこと言い出すからなぁ…。
ガキさんはそう言いながら、倒れている愛ちゃんの乱れた髪を直した。
そんなガキさんを見て、何となく、焦ってた気持ちもちょっと落ち着く。
「これね、寝不足でノビてるだけだから、心配ないよ」
「へ? 寝不足?」
「…愛ちゃんね、昨日、徹夜でいろんなアルバム眺めてたみたい」
田中っちが入ってきた頃から、最近のまで。
れーなはそれを聞いて何だか恥ずかしくなったと同時に、胸がすごくあったかくなった。
「田中っちを試したいってのは嘘じゃないみたいだけど、
愛ちゃんもたぶん、純粋に田中っちと手合わせしたいっていうのもあったのかもね。
何がきっかけでそんなこと思いついたのかは知らないけど」
「リゾナント」へ戻るタクシーの中で、れーなは昔を思い出していた。
負けを知らなかったれーなに、一瞬で負けを覚えさせた人。
愛情を知らなかったれーなに、ありったけの愛情を教えてくれた人。
そっか、それから5年経つ。
その間に一度も、こんな戦いなんてやったことがない。
あの時は一瞬で負けたけど、れーなだって強くなってるやろ?
「ガキさん、れーなは、成長しとるんかな」
助手席から窓の外を眺めながら、後部座席のガキさんに問いかける。
「…何もかも、変わったよ。
いろんなこと覚えて、強さも思いやりも身につけてるよ。
愛ちゃんにも伝わってると思うよ?
写真の田中っちと今の田中っち比べて、いろいろ嬉しかったと思うよ」
れーなは返事をしなかった。
街灯がぼやけて見えて、バレないように袖で目元を拭った。
バックミラーで後部座席を見たら、ガキさんがすごい優しい顔をしていた。
そのひざの上で、愛ちゃんが眠っている。
「どうしようもないリーダー」とか「世話が焼ける」とか言いたい放題のクセして、
なんやの、このお互いの信頼感というか、絶対的な「何か」って感じは。
だいたい、なんで愛ちゃんの真夜中の行動をガキさんが知っとるんよ。
なんで徹夜でアルバムなんか見てたって知っとーと?
でも、愛ちゃんの口からはそんなことは絶対に聞けなかっただろうなぁと思った。
ガキさんから聞いたって言ったら、愛ちゃんは怒るんやろか。きっと怒るね。
愛ちゃんは昔のれーなと今のれーなに、何を重ね合わせたんだろう。
そして、どんなことを思ったんかな。今度、聞かせてもらおう。
守るモノのために強くなりたいと誓って、れーなにはわかったことがある。
れーな、やっぱり一人だけじゃ、何もできん。
愛ちゃんみたいにちゃんと見て支えてくれる人がおるから、れーなも強くなれる。
「ガキさん、愛ちゃん起きたら伝えてくれん?」
何も知らないままでいたら、今ごろのれーなは何をしてたのかな。
少なくとも、こんなあったかい気持ちなんて、絶対に知らなかったと思う。
「れーな、愛ちゃんに出会えて、リゾナンターになってホントよかったって思っとるって」